アースキャラバン2017中東ツアー感想

 思えば、パレスチナに行こうと決めたのは、1年前くらいに京都センターで開催された上映会がきっかけでした。もう映画のタイトルは忘れてしまいましたが、パレスチナのドキュメンタリー映画でした。観終わった後、クラスで起こっているイジメの事実を突きつけられ、『あなたはどうしますか?』と問われている小学生のような気持ちになりました。知ってしまった以上、「へぇー、そうなんですか」と、その場だけの鑑賞で終わらせるわけには行かないと思い、翌年のアースキャラバン中東ツアーには参加しようと決めました。
 しかし、実は飛行機が苦手で今まで海外に行ったこともなかったので、いきなり長時間の飛行機が大丈夫なのかという不安がありました。そのため、飛行機恐怖症を克服のための準備をした上で、確認のために飛行機で名古屋から沖縄まで行って、大丈夫なことを確認してからツアーに参加したのでした。
 中東ツアーは、内容が盛りだくさんで楽しい毎日でした。初の海外でしたが、大勢のサンガの仲間が一緒でしたし、全く不安なく快適に過ごすことができました。ツアーの準備で動いて下さった皆さま、当日も通訳や様々な手配で動いて下さった皆さま、本当にありがとうございました。
 盛りだくさんのツアーの中で、特に心に残ったことを3つだけ挙げたいと思います。
 一つ目は、パレスチナとイスラエルの境界でバスを降りて、ガイドさんの話を聴いてバスに戻ろうとした際に、外で椅子に座っていたおじさんが放った言葉です。『占領が悪いんだ』『アメリカが悪いんだ』『なんで日本にアメリカの軍事基地があるんだ』確かそんな言葉でした。何気ないシーンだったのですが、僕には『遠くのパレスチナ問題を見に来るのもいいが、問題の本質は自分の身近なところにもあるんだよ』って言われているような気がしました。ツアーの最初のほうでしたが、それが心に刺さりました。パレスチナの人たちは、必死に戦っていると思いますが、我々も身近なところでもっとすべきことが、やれることがあるのではないか、それをちゃんと考えていこうと思わされたシーンでした。

 二つ目は、難民キャンプ・障害児施設へ行った時のことです。その前の難民キャンプでもそうでしたが、向こうの子どもは最初は恥ずかしがったりして指圧を受けたがりません。無意識に初対面のおとなを信用していないのかもしれません。一人、一人と、指圧を受けはじめ、大丈夫そうだと分かると指圧させてくれるようになるという具合でした。そんな中で、最初に僕が指圧したのはおとなしい男の子でした。他の男の子は走り回って遊んでいる中、その子は指圧が終わった後も、床に座り込んだままでした。言葉は通じませんが、「あっちでみんなと遊びに行かない?」と指差しながら声を掛けても、ニコニコはにかみの表情で立ち上がろうとはしません。こういう子もいるのだからと、僕もそばで床に座っていると、その子が遠慮がちに膝の上に乗ってきました。お互いに前を向いているのでその子の表情は見えませんでしたが、時折頭を持たれかけてきたりして、甘えていたようでした。そして、しばらくすると、その子が立ち上がり、なんと踊りだしたのです。ついさっきまで、おとなしく座っているだけだったので、この子は動き回るのが好きではないのかな?と思っていたところだったので、これには、ビックリしました。短い時間でしたが、イモムシからサナギに、そしてチョウチョウに成長したかのようでした。本当に人って、一人ひとり色んな可能性を持っているのだなと感じて嬉しくなりました。また一方で、子どもをイモムシのまま埋もれさせてはならないと思いました。

 三つ目は、滞在最終日に行ったラマラ(パレスチナの事実上の首都)です。
街の雰囲気は、自然と気持ちが高揚するような少しアジアンチックな感じでした。ランチをして、市場を散策して、カフェで一息して帰ってきたのですが、エルサレムよりもベツレヘムよりも気持ちが楽で居心地が良かった印象です。市場でもカフェでも英語を話せる人が少なそうでしたが、楽しい人達ばかりで、また来たいと思いました。最終日にラマラに行けてほんの少しだけ素のパレスチナを感じられたような気がします。また、ラマラへはエルサレムから公共のバスで行ったのですが、行きと帰りの検問所の違いが顕著でした。行き(イスラエルからパレスチナ)は、すんなり通過したのに対し、帰り(パレスチナからイスラエル)は、検問所の手間で乗客がほとんど降り、検問所ではバスにイスラエル兵が入ってきてパスポートをチェックされました。簡単に街を行き来できない不便さと嫌な緊張感を感じました。パレスチナの人々はこんな日常を強いられているのだと思うと、やりきれない気持ちになりました。

今回のツアーでは、ヨルダン渓谷へ羊飼いに会いに行ったらイスラエル兵が来たり、あちらこちらでイスラエル兵を目にして、緊張する場面もありましたが、まだパレスチナのほんの表面的な部分に少し触れたに過ぎないと思います。ヘブロンやガサの街はどんな状況なのだろうか? 今回訪問した街はどこも食料は豊富に見えましたが、ガザでは水だけではなく食料も不足していると聞きます。これからもっと詳しく知りたいと思いました。
 尚、今回ツアーに参加するにあたり、決めていたことがあります。それは、自分が見たパレスチナをできるだけ人に伝えるということです。そのためにビデオカメラを持って行き、できるだけ撮影をしてきました。これから、いろんなカタチで自分が見てきたパレスチナを伝えて行きたいと思います。

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